本文:記憶の断片、あの日から始まった空白
私の記憶は、あの日を境にまだら模様になっている。
小学2年生。両親が覚醒剤で逮捕された。
鮮明に脳裏に焼き付いている光景と、霧がかかったように消えてしまった時間。その落差こそが、幼かった私の心が受けた衝撃の深さを物語っている。
逮捕されるまでの約2年間、我が家の日常はすでに崩れ始めていたのだと思う。けれど、8歳の子供にとって、その終わりはあまりに唐突に訪れた。
「ちょっと遠くのスーパーまで買い物に行ってくるね」
それが母との最後の会話だった。4人の兄弟とともに預けられたのは、父方の祖母の家。
その日、母が戻ることはなかった。けれど、父がそばにいたから、私はまだ「いつもの明日」が来ることを疑っていなかった。今思えば、自ら自首した母を追うように、父もまた自分の運命を悟っていたのだろう。
夜が明けるか明けないかの、空が水色とグレーに混ざり合う時間だった。
ふと目が覚めると、隣で川の字になって眠っていたはずの父の姿がない。
不穏な話し声に誘われるように玄関を覗くと、そこには祖母と、数人の警察官、そして連行されていく父の背中があった。
「見てはいけないものを見てしまった」
そう直感した私は、必死に兄弟たちが眠る布団の中へ逃げ込んだ。これは夢だ、夢であってほしい。目が覚めればいつもの家で、いつもの朝が始まるはずだ。自分にそう言い聞かせ、強く目を閉じた。
けれど、現実は無情だった。
祖母に起こされた時、そこに両親の姿はなかった。祖母は「二人は遠くへお仕事に行ったんだよ」と、優しい嘘を重ねた。父が連れて行かれる瞬間をこの目で見たという事実は、その嘘の影に押し込められ、私は「おばあちゃんの言葉が本当なんだ」と思い込むことでしか、自分を保てなかった。
そこから始まった、見知らぬ天井の下での生活。
突然奪われた日常と、どこか怖さを感じていた祖母への遠慮。子供一人では抱えきれないストレスは、夜尿症という形で私の体を蝕んだ。小学校高学年になっても、失禁が治ることはなかった。
真実が明かされたのは、数ヶ月後のことだ。
母の弟である叔父から告げられたのは、「仕事」などではなく「覚醒剤」というおぞましい言葉だった。両親がいかに極悪人であるか。その薬がいかに人間を壊すか。叔父の言葉によって、私の大好きだった両親のイメージは、無残に塗り替えられていった。
けれど、本当の地獄はそこからだった。
母方の実家に泊まりに行くたび、私に真実を突きつけたその叔父から、逃げ場のない性暴力を受けるようになったのだ。
守ってくれるはずの両親が消え、真実を教えた身内に傷つけられる。
あの日、「スーパーへ行く」と言った母の背中を見送った時から、私の時間は止まったまま、長い暗闇の中を彷徨い続けていた。
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